彼と、また会える。


 それがやけに嬉しくて、ついテンションが上がって”デート”なんて単語を勢いで使ってしまったが、 考えてみれば、いくら明日は部活が休みと言えども学校は普通にある訳で、 しかも黄瀬が通う海常は神奈川にあるのだ。いくら授業を終えてから全力で移動したとしても、残念ながら持ち時間には限りがある。

 それに一番の懸案事項は、これまで彼…伊月との接点がほぼ無かったという事だ。

 バスケにおけるプレイスタイルは目の当たりにしているし、 人間観察が趣味で、意外と人を見る目がシビアな黒子が懐いている事からも、 とても良い先輩なのだろうとは思うが、伊月本人が実際一体どういった人間なのかという事は、まだほとんど知らない。
 先日の1件で知った事と言えば、クールビューティーな見た目通りの冷静沈着なキャラなのかと思いきや、 実はかなり表情豊かで…特にテンパって真っ赤になった顔が、壮絶に可愛かったという事くらいだ。

(…あ、あと何かよく分かんねーけどダジャレみたいの言ってたっけ…あぁ見えて実はお笑い好きなんスかね)

 それに、まともに話した事すら無い他校の後輩である自分に声を掛けて来たりと、 試合中の鋭い印象から勝手に想像していたよりも、ずっと気さくな人物なのかもしれない。



 そして…さて、と思案する。

 女の子とデートなら、適当に渋谷辺りを流しつつ服でも見たり、カラオケしたり、映画を観たり。 黄瀬は基本的に”来る者は拒まず”を地で行っているというか、 そもそも、自分の方から女の子をデートに誘った記憶自体が脳内に見当たらない。
 わざわざ誘わずともお誘いの声はいくらでも掛かった上に、 普段デートの時はその相手のしたい事に合わせるのが黄瀬のスタイルであったし、 それはつまりどういう事かと言えば…自分で真剣に相手の為にデートコースを考えるといった事が、ほとんど無いのだ。

 最も、中には自分から誘って来ておきながら”男の子にリードしてもらいたい”なんて思考の者も居るが、 そういう場合は先述の様な無難なコースを適当に流して、そして適当に喜ばせて、満足して頂いて後腐れ無くお帰り頂く。
 所属している事務所の管理が厳しい事や、それ以前に黄瀬自身の性質として束縛される事を好まないのもあり、 女性関係での修羅場などは絶対に避けたいものであったし、そうしている内に、 いつの間にかそんな”広く浅く”の関係の作り方が習慣となっていたのだ。



 だが、根本的な問題として、そもそも伊月は男なのだ。
 普段黒子や火神、もしくは海常バスケ部のメンバーと遊ぶ時はストバス場に行ったり、 ゲーセンやカラオケに行ったり。その選択肢が無い事も無いのだが、 黄瀬の中で、現状として伊月をそのカテゴリーに入れる事にはどうにも違和感があった。

 友達、ではない。
 先輩…と言えば先輩ではあるが、直属の先輩では無い。

 黄瀬の中で伊月俊という存在は、何処にもカテゴライズし難い、そんなある意味特殊な立ち位置になっていた。 どう定義付ければいいのか戸惑う、そんな存在で。 ただ、直感としてあるのは、『あの人の事をもっと知りたい、もっと自分を知ってもらいたい』 …という、そんなやけに浮き立った感情なのだ。
 だから今もこうして電車に乗りながら、何度も何度もスマホの画面で時間を確認して、 調べ済みの誠凛の最寄り駅への到着時間と照らし合わせながら、 頭の中でカウントダウンなんか始めてしまって。

 笑ってもらいたい。
 もう一度目の前で、あの綺麗な笑顔を見たい。


(何つーか、これじゃまるで)


 一目惚れ、ではないか。









 改札を出ると、歩道のガードレールに腰掛けていた人物が軽く手を振ったのが視界に入り、 咄嗟にそちらへ目をやる。そこには、制服姿の伊月が居た。 慌てて小走りに駆け寄ると、彼は「よ、お疲れさん」と言って、柔らかく微笑んだ。

「すんません、お待たせっス!」
「いや、俺もさっき来たトコだし。…つか、ホント目立つなお前。”鷲の目”使うまでも無かったわ」
「あぁ…まぁ私服だと、帽子被ったりとかするんスけどね〜」
「あ、じゃ逆に制服で待ち合わせってまずかったか?完全に休みの日の方が良かったんじゃないか?」
「いやいやいや全然大丈夫っス!俺、もうマジで伊月さんに会いたかったんで!1日でも早く!」
「えっ…!?あ、そ、そうか…」

 ようやく顔が見られた事で更にテンションが上がってしまい、 また勢い任せに思いの丈をぶつけてしまうと、伊月は戸惑った様な表情を浮かべた。 そして、すっと黄瀬から視線を外す。『もしかしてがっつき過ぎて引かれた!?』 …と、青褪めかけた次の瞬間。

「…で?」
「はい?」
「今日、どうすんの?」

 黄瀬から視線を外したまま、伊月がやけに平坦な声でそう言った。

「どう…って?」
「いやだから、お前がデートしたいとか何とか言うから来たんだろ!?」
「え、あ〜そうっスね、そうなんスけど…」

 元々頭を使う事は余り得意では無い上に、”伊月に会える”というだけで何だか浮かれてしまって、 結局ここまで考えがまとまらないまま辿り着いてしまった…とは、さすがに言えない。 勢いとはいえ、あれだけ自信満々に『エスコートする』などとほざいてしまった手前、 いくら何でも格好悪過ぎるではないか。

 海常の先輩たちならまだしも、伊月にはそういう所を見られたくないと、何故かふと思った。 彼の前で、無様な姿などは晒したくはない。 だが、それは”キセキの世代”としてや”モデル”としての黄瀬涼太ではなく、 あくまで”黄瀬涼太そのもの”の、良い所をもっと見てもらいたい。そう思ったのだ。

 なので…とりあえずの時間稼ぎというか、何というか。

「…伊月さん、腹減ってないっスか?」
「俺?う〜ん、まぁ減ってるっちゃ減ってるかな…?昼飯食ったきりだし」
「じゃとりあえず、マジバでいいっスか?俺も昼食ってから何も食ってないんスよ〜」
「了解、じゃ行くか」

 横断歩道の向こうにあるマジバに足を向けた伊月の後を追って歩き出した黄瀬の脳裏に、 ふと『もしかしたら黒子っちとか火神っちとかと会うかも』という思いつきが過ぎる。
 もちろん黒子や火神と遊ぶのは楽しいし、会えれば会いたいとは思うのだが、今日は少し事情が違う。何より、もし彼らと出くわしでもしたら、伊月が気を遣って『じゃ黒子と火神も一緒に』…などと、言い出しかねない。 かと言って、自分から言い出した以上、ここでいきなり店を変えるのも不自然だ。

(今日だけは、せめて今日くらいは2人きりにさせて欲しいっス…!!)

 伊月の艶やかな黒髪が歩くのに合わせてさらさらと流れるのを後ろから眺めつつ、 黄瀬はそう祈る様な気持ちで彼に続いて店内へと足を踏み入れた。 そして、素早く視線を左右に走らせて目的の影を探す。
 黒子はともかく、やたらと目立つ火神の長身と赤い髪は少なくとも視界の内には見当たらず、 黄瀬は伊月に気取られぬ様に小さく嘆息した。

「…なーんだ、黒子とか火神とか居たら面白かったのにな」

 同じ様に店内を見渡していた伊月が何気無くそう呟いて、思わず瞠目する。 てっきり空席を探していたのかと思えば、何とまさかの恐れていた展開がそのまま起きようとしていたのだ。

「うえっ…!?…あ、そっスね…!ははは残念っスわ〜せっかくここまで来たんだし、ちょっと会いたかったかもっス…!」

 咄嗟に、取り繕う様にいかにも残念そうな表情を作ってそう笑いかけると、 伊月はぱちぱちと切れ長の瞳を瞬かせた。

「…まぁ、俺は別に4人でも構わないけど」
「は?…いやいやいや!ちょっ待って伊月さん!?…もしかして、俺と2人ってやっぱ微妙っスか…!?」
「え、あぁ別に微妙って事は…それは、全然無いよ?ただ…」
「ただ?」
「この急展開は何なんだろうとは、思ってるけどさ」

 苦笑すると、伊月は「まぁ、とりあえず注文するか」と言って、カウンターへと向かい出す。

「あ、伊月さん!俺まとめて注文しとくんで、先場所取って座っといて下さいっス!」
「え!?…あ、この前の名前の事なら別に気にしなくていいって…!」
「いや、伊月さんが良くても俺が良くないんス!」
「っつったってなぁ、後輩に奢らせる訳に行かないから…いくら他校でも、さ」

 「な?」…と、諭して来る伊月の浮かべる困った様な微笑に、思わずくらりと眩暈を起こしそうになった。 こんな綺麗な先輩に、こんな綺麗な微笑で優しく諭されたら…もう反抗なんて、出来やしないではないか。

 いたたまれなさに思わず顔を覆って悶絶してしまいそうになった黄瀬を尻目に、 伊月は「何食うの?」などと言いながら、涼しい顔でメニューを眺め始めている。
 彼は本当に、己のスペックの罪深さをちっとも理解していないらしい。 素でさらりとこんな事をしてしまうのだ、学校ではさぞかしモテるに違い無い。 …最もこれまでの言動を見る限り、おそらく伊月本人は、そんな事を気にも留めやしないのだろうけど。



 ”キセキの世代”としてや”モデル”としての黄瀬涼太ではなく、 あくまで”黄瀬涼太そのもの”の、良い所をもっと見てもらいたい。
 黄瀬がわざわざ願わずとも、伊月はそれをごく当たり前の事としてやってのけた。 物心付いた頃から、常に好奇や羨望や恋慕や嫉妬といったべたついた眼差しに晒され続けて来た黄瀬にとって、 それは滅多に手に入らない、非常に稀有で貴重な宝石の様なものだったのだ。

 モデルの仕事で多少自由になる金がある黄瀬としては、 本当はマジバで2人分を払うくらいなら別にどうという事も無い。 それでも、伊月はあくまで黄瀬を”後輩”として扱った。 学校が違おうが何だろうが、同じ”バスケ部の後輩”…として。



 結局、今日のこの場は伊月の奢りで収める事となり、 注文を済ませた黄瀬は彼に促されるまま、場所取りの為にカウンターを離れて座席の方へと向かった。 フロアをぐるりと見渡して、窓とは逆側の、一番奥まった隅の席に腰を下ろす。
 私服で帽子やメガネを着用している時なら窓際でもある程度は問題無いのだが、 今は制服姿で素顔だ。もし万が一ファンに発見されでもしたら、一緒に居る伊月に迷惑が掛かってしまう。 それを考慮しての場所取りだった。

 だが、座った所が余りにも周囲から死角になっている場所だという事に気付き、 慌てて仕切りの上から首を出す。瞬間、いつの間にか仕切りのすぐ目の前までやって来ていた伊月と、いきなり視線がかち合った。

「うわっ!」
「っ…!?…おまっ、いきなり顔出すなよ…!びっくりして落とすかと思ったじゃねぇか…!」

 2人分の飲食物をトレイに乗せて運んで来た伊月は、 溜め息をつきながら黄瀬の向かい側に腰を下ろした。 黄瀬が頼んだバニラシェイクとチキンナゲット、伊月が頼んだアイスコーヒーとフライドポテトにそれぞれ手を伸ばす。

「伊月さん、よくここ分かったっスね。あっちからじゃ全然見えなくないっスか?」
「…お前なぁ、俺を誰だと思ってんの」
「え?…あ、そっか!そうっスよね!失礼しましたイーグルアイ先輩!」
「バッカ冗談だよ!つか何なんだよイーグルアイ先輩って、恥ずいから止め<てくれ…!」
「だってイーグルアイ先輩はイーグルアイ先輩じゃないっスか。 えっじゃどうして?”鷲の目”じゃ無いなら、何で分かったんスか?」
「…さっき『私服だと帽子被ってる』とかって言ってただろ?要するに、制服姿だと変装しようにも出来ない…だったら、少しでも人目につかない所行くんじゃないかって…」

 「まぁ何つーか、勘だよ」と締めくくって、伊月はアイスコーヒーにガムシロップを入れた。 クールな外見のせいか、甘い物は余り好まない様なイメージを勝手に持っていたので、それを少し意外に思う。

「何か…すんませんっス、気ぃ遣わせちゃって」
「別にいいよ、このくらい。…ほら、いいから食えって」
「あ、じゃ頂くっス」
「黄瀬もバニラシェイク好きなのか?」
「あ〜、何か黒子っちが絶賛するからどんなもんかな〜って飲んでみたら、マジ美味ぇ!と思って。最近ブームなんスよ」
「そっか、そんな美味いのか…。俺も今度飲んでみよっかな」
「伊月さんって、甘いもん好きなんスか?」
「え?…あぁ…好きか嫌いかで言ったら、割と好きな方かもな。うち女系家族だし、特に姉貴がそういうスイーツ的なの好きでさ。しょっちゅう買って来んだよ、家族全員分」
「へぇ…何か見た目クールだし、あんまそういうイメージ無いからちょっと意外っス。あ、じゃあ…」
「ん?」
「…一口味見するっスか?これ」

 飲んでいたバニラシェイクを軽く振ってみせると、伊月が切れ長の瞳を丸くする。

「え、いいのか?」
「当たり前じゃないっスか。…つか、金出してくれてんの伊月さんだし」

 「どーぞ」と、バニラシェイクを手渡す。 「おぉ、ありがと」と言ってそれを受け取った伊月の唇が薄く開いて、 直前まで黄瀬が口を付けていたストローを軽くくわえた。 そのたったそれだけの、時間にしてほんの一瞬の出来事が何故かスローモーションの様に瞳に焼き付いて、胸の奥に小さな疼きを残す。

「…あ、美味いこれ」
「…え?………で、でっしょー!?甘さが丁度良いんスよね、変に甘ったるくなくて!」
「よし、俺も今度これにしよ。…何か増えてくな、バニラシェイク派が」
「この前も、ツイッターで『マジバのバニラシェイク、マジうめぇっス…!』って呟いたら、ファンの子たちから『黄瀬くんがおいしいって言ってたんで私も飲んで来ました!』みたいなリプがめっちゃ飛んで来たんスよ!」
「…凄いなお前、何気に売り上げに貢献してんじゃん」
「まぁそうかもしんないっスけど、でもちゃんと『友達の好物だから飲んでみたんだけど』って最初に書いたっスよ!つまり、ホントに売り上げに貢献してるのは俺じゃなくて黒子っちっスよ!」

 思わずぐっと拳を握って力説してしまうと、伊月はプッと噴き出した。 そして、笑いながら手にしていたバニラシェイクを黄瀬に返す。

「…黄瀬って、ホント黒子の事大好きだよな」
「そりゃもちろんっス!親友っスから!」
「でも確かに、拡散力のある黄瀬がその情報を知ったのは、黒子が飲んでたからだもんな。元を辿れば黒子ってのは分からんでもないけど…何か、”らしい”っつーか」
「らしい?」
「結局黄瀬の影に完全に隠れちゃってるトコが」

 「黒子は何処まで行っても黒子なんだよな」と言うと、 伊月は自分が注文したポテトを1本指先で摘み上げた。 同じバスケをやっている男としては幾分細くて白い指が滑らかに動いて、 それを唇の奥へと差し入れるその一部始終を、吸い寄せられる様に目で追ってしまう。



 追いながら、伊月から戻って来たバニラシェイクのストローに口を付けようとして…ふと、気付く。



(………あ)



 間接キス、だ。













V A N I L L A  K I S S




出会っちゃった黄瀬と伊月がマジバなう、前編です。何か地味に甘党の伊月先輩が書きたかったんですよね…。 私がのんびりしてる間に、黄月の出会い編に関しては世間様でいろんなパターンが出尽くした感あったんで、 じゃあもうそのどれとも被らない様なもんやってやんよ!って思ったら…ギアチェンジが急過ぎてもう何が何だか。 ヘタレワンコ×クールビューティー?何それおいしいの?

そして更なる風雲急を告げる、怒涛の後編に続く! →後編へ



pixiv初出:2012/09/18
サイト再録:2012/10/09