朝が来たら、また彼に出会ってしまう。

 夜なんて、明けなければいいのだ。
 このままずっと世界が夜なら、きっと彼と顔を合わせずに済む。 目を閉じても、あの華のある笑顔やちょっと鼻に掛かった甘い声が、 脳内で延々リフレインし続けてちっとも眠れやしないのだが、 それでも、今この状態で実物と対峙させられるよりは余程マシだ。

(あぁ、だけど)

 こんな時に限って…1年で1番夜が短い、なんて。









「え、俺のアドレス?」
「はい」

 休み時間、突然2年A組の教室に黒子がやって来た。 伊月に訊きたい事がある、と言って彼が切り出した質問は、全く予想もしていなかったもので。

「つか、何なんだよ黄瀬の奴…。いや、別に教えるのは構わんけど」
「黄瀬くんからメールで大体事情は聞きましたけど…何か気に入られちゃったみたいですね、伊月先輩」
「あぁ………う〜ん、まぁ言われてみればそんな気がしなくもない、かも…」
「火神くんの時は勝手にアドレス教えちゃったんですけど、さすがに先輩のを無断で教える訳にも行かないので…」
「それでわざわざ確認取りに来たのか?お前も律儀だな」

 こんな事でもいちいち礼儀正しい後輩に感心するが、 考えてみれば、黒子と黄瀬も一見全く正反対のキャラであるのにも関わらず、別の高校に進学した今でも交友関係が続いているのだ。 それもまた、何とも不思議な関係に思える。
 しかしそれ以上に不思議なのが、黄瀬の自分に対する態度で。 何度か顔を合わせた事はあるが、まともに会話したのはあの駅前でのが初めてだ。 それなのに…何で、こんなに懐かれてしまっているのか。

「じゃ黄瀬くんに、伊月先輩の許可取れたので教えますってメールしときますね」
「…あ〜、いいよ。黄瀬のアドレス教えて、俺からメールするから。 何かお前巻き込んじゃうのも申し訳無いし」
「そうですか?僕は別にどっちでも構わないですけど」



 黒子が自分の教室に戻って行った後、教えてもらったアドレスを携帯に表示して、伊月は小さく嘆息した。 こんな事になるだなんて、一体誰が予想し得ただろうか。 人生一寸先は闇、とはよく言ったものだ。 ある程度近付く事はあっても交わる事など無いだろうと、そう思っていた相手との、突然降って沸いた接点。

 黒子にああは言ってみたものの…正直、どういうメールを送ればいいのか。思わず机に突っ伏してしまう。

(…つかそもそも、何でアイツに気に入られてんだろ)









 数日前、誠凛の最寄駅前で偶然黄瀬涼太と出くわした。 海常の地味なグレーのブレザー姿だったにも関わらず、 ”さすが現役モデル”というべきか、 明らかに周囲とは違うきらびやかなオーラを放って人目を引きまくっていた彼に、つい話し掛けてしまって。 そうしたら…何故か、やたらめったら褒められまくってしまったのだ。

 もちろん、後輩とはいえ格上の相手に手放しで賞賛される事自体は、悪い気はしない。 だが、あそこまで無邪気に凄い凄いと連発されてしまうと…逆にどうにも居心地が悪い、というか。
 しかも物凄い勢いで肩をがっちりホールドされ、ぎょっとして見上げたその相手が超ド級のイケメンだった日にはもう。 あんな至近距離で黄瀬の顔を見たのも初めてだったのだが、 同じ男なのにあんな綺麗な顔をした人間が居るとは、世の中とは何とも不条理なものだと思う。

 日に透けてきらきらと輝く金色の髪。覗き込んでくる瞳は薄い飴色。長い睫毛。 黒髪に黒い瞳の典型的な日本人顔の自分と比べれば何とも華のある容姿であり、 それにすらりと高い身長に小さな顔に長い脚、そしてあのバスケの才能が加われば、無双状態にも程があるではないか。 彼が行く所、女の子の群れが出来るというのも素直に頷ける。



 黒子に”アドレスを教えて欲しい”といったメールを送ったという事は、黄瀬の方は何か用事があるのかもしれないが、 伊月自身はこれといった用事は無い。 というか、黄瀬が自分に対して用事というのも、全く想像も付かない。 そもそもまともに話をしたのもあの1回だけなのだ、そうすぐに何かあるとも思えない。
 だが自分からメールを送ると言った手前どうにかしなければ…と、暇を見つけてあれこれ打っては消し打っては消しを繰り返し、 やっとの事で送信しても良さそうな文章が出来上がったのは、夜も遅くになってからだった。

 ”送信完了”の一文を見届けた瞬間酷く脱力してしまい、ぐったりとベッドに横たわる。 こちらは特に用事も無いのに、自分に対して何らかの興味を持っているらしい相手に対して送るメールというのは、ここまで精神を削られるものなのか。
 しかもあの時、され慣れていない褒め殺しにこちらは柄にも無くテンパってしまったというのに、あのイケメンの余裕っぷりと言ったら。 一度軽く醜態を晒してしまっているだけに、余計にどういうテンションで臨めばいいのか逡巡してしまう。 結局、当たり障りの無い内容だけを、素っ気無い文章で送ってしまったのだが。



 すると、突然携帯がメールの着信を告げて、横たえていた身体が思わずびくりと跳ねてしまう。 先程黄瀬にメールを送ってからは、まだ2分程しか経っていない。 きっと日向とかその辺りからだろう…と、高を括ってそのメールを表示させた瞬間、目を疑った。

(ちょっ…いくら何でも早過ぎだろ…!!)

 差出人の名前が”黄瀬涼太”と表示されているのを見て、反射的にガバッと起き上がってしまった。 早い。余りに早過ぎる。


『伊月さんお疲れ様っス! 黒子っちから伊月さんからメール来るって聞いてたんで、めっちゃ楽しみにしてたんスよ! よかったら今度休みの日とか会えないっスか? この前名前覚えてなかったお詫びに、何かおごらせてほしいっス!』


(楽しみって、どんだけ楽しみだったんだよ…つか、やっぱ名前覚えてなかったのか…)

 名前の事はとりあえず置いておいて、しかしこんな猛スピードで返信して来る程、自分からのメールを待ち続けていたとでも言うのか。
 そしてメールの後半部分まで読み進めて、思わず瞠目してしまう。 …会いたい、と。何故かまた会いたいと、言っている。 正直、会った所でバスケの話くらいしか共通の話題が無い様に思えるのだが、 この前も”鷲の目”に興味津々な様であったし、またその話でもしたいのだろうか。

 特に断る理由がある訳でも無いし、それに彼の事だ、もしかしたら黒子や火神にも声を掛けているのかもしれない。 それなら1年生たちが喋っているのの聞き役に徹していれば、それで済む。
 とりあえず明日は部活が休みだと返信すると、すぐさま携帯が鳴り出して再び彼からのメール着信を告げた。 一体、どういう速度でメールを打ってるのか。最早脊髄反射のレベルではなかろうか。 お前は女子高生かと突っ込みたくなる。


『やったー!じゃ明日デートでいいっスね!!俺そっちまで行くっスよ!!』


 …今、とんでもない単語を目にした気がするのは、気のせいだろうか。 ”デート”という事は…つまり、おそらく彼と2人きりだという事で。 あの道を歩けば女の子が群がるイケメンと2人なんて、果たしてそれは色々と無事で済むのだろうかと思うのだが。

 しかし、メールの文面を眺めていると、 黄瀬が無邪気に喜んでいる様子が何となく想像出来て、少し微笑ましい気持ちになって来る。
 考えてみれば、いくらキセキの世代でモデルだと言っても、彼は同じ高校生なのだ。 友達と遊びに出る事だって普通にあるだろうし、本人が良いと思っているから誘っているのであって、それは自分が心配する事では無いのかもしれない。


『別におごらなくていいよ。楽しみにしてる。それじゃ、おやすみ。』


 黄瀬のテンションに比べると、自分のメールはなんて素っ気無いのだろうと思いつつも、いつもこうなのだから仕方が無い。 伊月としてはこれでメールは終わりのつもりだったのだが、更に光の如く返信されて来たメールに、度肝を抜かれてしまった。


『いやー伊月さんみたいな美人さんとデートとかマジ光栄っスわ! 全力でエスコートさせて頂くんでよろしくっス!!おやすみなさい!!』

(おおおおおい!?おまっ、”女の子にはあんまり”とか言っときながら、何で俺に全力なんだよ!?それおかしいだろ!?)


 ”美人さん”というキーワードに、先日の黄瀬との会話が脳内にフラッシュバックする。 あんな真っ向から見つめられて、いきなりあんな事を言われて、驚かない方がおかしいではないか。
 しかも黄瀬の瞳にはからかっているだとかそういう色は全く見えず、”本当に心からそう思ったから口に出た”という風に見えたのだが、 口では”女の子にはあんまり”だとか言っていても、相手があれだけモテる男だと、 ”単純に言い慣れているからサラッと言った”という可能性も捨て切れない。 だとすると、あれだけ動揺してしまった自分が何だか酷く滑稽に思えて来て、腹立たしさすら覚えて来る。

 踊らされている、と思う。たった一度まともに会話しただけの、後輩に。 ぐるぐる考えれば考える程に黄瀬の真意が分からなくなり、どんどん得体の知れない生き物に思えて来る様で。
 もう何も考えたくなくなって来たので、電気を消して、再びぐったりとベッドに身体を横たえる。最早ふて寝だ。







 夜なんて、明けなければいい。
 このままずっと世界が夜なら、きっと彼と顔を合わせずに済む。 目を閉じても、あの華のある笑顔やちょっと鼻に掛かった甘い声が、 脳内で延々リフレインし続けてちっとも眠れやしないのだが、 それでも、今この状態で実物と対峙させられるよりは余程マシだ。

 閉じた瞼の闇の中をちらつく、金色の残像。 夜が明ければ、残像は実体となって再び目の前に現れる。 折りしも、確か…今日は、夏至だ。 1年の内で、1番夜が短い日。最高速度で、朝が迫って来る。もう、すぐそこまで来ている。

 朝が来たら、また彼に出会ってしまう。


(どうすればいいんだ、これは…)

 眩いばかりの輝きを放って待ち構えているであろう、彼の姿を想像する。 もうこれ以上、心を乱されたくはない。 だが…心が、そこから離れない。離れてくれないのだ。



 カウントダウンの号砲は、既に鳴らされている。













最高速で明けていく夜に





「IN YOUR EYES」のその後。伊月サイドからの話。 普段どのジャンルでも、ヘタレ攻×襲い受みたく受が精神的にバイオレンスなCPを書く事が多いので、 黄瀬がガンガン押して来る黄月は書いてて凄く新鮮だったりします。 押せ押せな黄瀬に、訳も分からず振り回される伊月先輩おいしいです。 まぁ付き合ったら、最終的には逆に主導権握りそうですけど(笑)

夏至の話が出て来るのは、このネタを思いついたのが夏至だったからっていう。 でも今考えたら、6月終わりって学生さんたちは衣替えしてますよね。ブレザーも学ランも着てないよねっていう…。



2012/06/29