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自分には出来る事よりも出来ない事の方が圧倒的に多いと、そう気付いたのはいつからだったのだろう。 俺は、いつでも置いて行かれる側だった。いつでも、誰かの背中を見ている側だった。 バスケを始めたのは早い方だとは思うが、特別体格が良い訳でも無ければ、体力がある訳でも無い。 スピードも人並み。人より少し特別な”眼”を持ってはいたけれど、それでも高みへ昇る事など出来なかったのだ。 イーグルアイ、だなんてよく言ったものだと思う。 俺の翼は、あんな立派なものなんかじゃない。 地面に這いつくばって、泥だらけになって、それでも決して器用には動かせない軋む翼を必死で動かして、大空を夢見る。 何度墜落しようとも、届かなくとも、いつか必ずあの場所へ行けると…それだけを、ただひたすらに信じて。 ミニバスに居た頃から既に、俺は常に人の背中ばかり見ていた。 小2からチームに在籍していたので年数だけは長かったせいか、 背番号も貰えて試合にも出てはいたが、1試合フルで出してもらえた事など、おそらく片手で数えられるくらいしか無い。 試合には出たいともちろん思ってはいたが、もし例え下級生でも自分より上手い人間が居るならば、チームが勝つ為にはそいつが出るべきだと思っていた。 小さい頃から母親に『俊は聞き分けが良過ぎる』などと言われていて、当時はよく意味が分からなかったのだが、 今になってみれば確かにその通りだったのかもしれない。 チームの為に自分を殺す事も厭わない小学生なんて、冷静に考えてみたら何て子供らしくない子供だったのだろうと思う。 自分には出来る事よりも出来ない事の方が圧倒的に多いと気付いた時から、 俺は常に”自分には何が出来るか”という事だけを考えてバスケをして来た。 例えほぼベンチ要員であっても、練習は絶対に休まなかった。 休んでいる暇など、無かったのだ。何故なら俺が出られないのは、単に俺の努力が足りないからなのだ。 だから、ひたすら練習した。練習するしか、無かったのだ。出来る事など、それしか無いのだから。 『お前すっげーな、経験者!?』 中学のバスケ部で、初めて俺にそう言って話し掛けて来たのが、日向だった。 そこでは同級生の中で経験者は俺1人で、あとは日向も含めて全員体育の授業でやった程度…といった感じで、 いつの間にか何となく流れで、他の1年生たちにもちょくちょくアドバイスをする様になっていた。 ミニバス時代、特に目立った選手でも無かった俺が同級生に教える立場になるなんて夢にも思わず、 最初の内は少し戸惑ったが、しかし言うまでも無く俺はただ単に”1年生の中では上手い”というだけの事で、 成長期を迎えて体格も大人のそれに近付いている上級生に比べれば身体も小さかったし、そこに付随する身体能力にも雲泥の差があった。 だから、やはりひたすら練習した。練習するしか、無かったのだ。結局、出来る事などそれしか無いのだから。 同級生の中で一番熱心に俺を練習に誘って来たのは日向で、それをきっかけに色々話す様になり、仲良くなった。 他の同級生たちが次々と脱落して行く中で、俺と日向だけは毎日の様に部活が終わってからも2人で走り込みをしたり、居残り練をしたり。 2年生に上がってからはクラスも同じになって、部活以外でもいつも一緒に居る様になった。 そして、その頃だった。 日向のシュートの成功率が、群を抜いて高い事が分かったのは。 俺より後ろから来たはずの日向が、いつの間にか俺の前を走っていたのだ。 あっという間にレギュラーに昇格して3年生の先輩達に混じって試合に出る日向を、俺はベンチから見ていた。 日向が俺との練習が終わった後も、近所の相田の家のジムに通ってトレーニングをしていたのは知っていたし、 バスケに熱心な余りどんなに周りに煙たがられようとも、試合に1つも勝てなくとも、 そうやって人知れず努力をして上を目指す日向の姿勢が好きだった。尊敬すらしていた。 だから俺が出られないのは、単に俺の努力が足りないからなのだ。 例えば日向が3Pを100本打ってものにしたなら、俺は最低でも300本は打たなければならない。 シューターとしての才能が無い俺が同じ事をものにするには、むしろそれでも足りないのだ。 俺は、いつでも置いて行かれる側だった。いつでも、誰かの背中を見ている側だった。 日向と同じ様に後ろから来た同級生が、どんどん俺を追い抜いて行く。 1年生の時は小さかった奴が、グッと背が伸びて。ランニングですぐへばっていた奴が、俺よりもずっと走れる様になっていて。 気が付けば、みんなみんな、俺よりずっと上手くなっていた。 そうして…俺はまた、置いて行かれる。 自分には出来る事よりも出来ない事の方が圧倒的に多いと気付いた時から、 俺は常に”自分には何が出来るか”という事だけを考えてバスケをして来た。 人より少し特別な”眼”があると分かってからは、それをどうやって試合に活かすかという事ばかり考えていた。 薄々は分かっていたのだ。自分に出来るのは、日向の様な点取り屋に1回でも多くボールを回し、攻撃のチャンスを作る事。 つまりは、”眼”を最大限に活かしてパス回しを行えるポジション…PGとしての、道。 相変わらず身体も大きくなく、シュートの成功率もそこそこな俺がこの場所で生き残る手段は、もうそれしか無かった。 がむしゃらに練習する俺にいつも付き合ってくれていたのはやはり日向で、 いつの間にか、同級生の中で居残り練までしているのは俺と日向だけになっていた。 そして3年生が引退した2年生の夏、俺は日向を主将とした新チームのPGに選ばれた。 先にレギュラーになっていた日向が、半信半疑の先輩や顧問に俺の”眼”の能力を必死でアピールしてくれたのだ。 その上、バスケ歴の一番長い俺が主将をやるべきだと最後まで譲らなかったのだが、 性格的にもチームを引っ張って行くのにふさわしいのは日向の方だと、自分はそれをサポートする方が得意だから…と俺も譲らず、 最終的には全員で話し合って日向が主将、俺が副主将に落ち着いた。 6年間バスケを続けて来て、初めての正式なレギュラーだった。 だがここで俺がぶつかった新たな壁は、PGとしてのゲームメイクの難しさだった。 ミニバス時代はただボールを追い掛けるのが楽しくて、試合の流れだとかそんな難しい事を考えながらやっていた訳では無かったし、 中学に入ってからはベンチだったので、実際にPGとして1試合をフルで回すのは本当に至難の業だった。 PGを目指す様になってから、ベンチで先輩達や日向の試合を見ながら”自分ならこういう時はこうする”…などと考えていたりもしたが、 それを実際の試合で実行に移すのは並大抵の事では無い。ましてや…チームが一枚岩では無いなら、尚更だ。 中学時代、俺は自分のチームが試合で勝った所を見た事が無い。 ベンチに居た頃も…自分が、出ていた頃も。公式戦では、ただの一度も勝てた事が無かった。 特別部員数が多い訳でも無い、いわゆる普通の公立中学の部活。 強豪校とは違い、全員が全員本気でバスケをやっている訳では無いのだ。 練習はキツいのに、試合では全く勝てない。それが面白くなくて辞めてしまった同級生も多い。 現に、残った部員の中でこのチームを本気で勝たせようと必死だったのは、おそらく日向と俺だけだった。 特に負けん気が強くて不器用な日向は周りと衝突する事も少なくなく、 その度に俺が間に入ってどうにか事を収めて、それでも結局試合には勝てなくて、またチームはバラバラになる。 何度も何度も、延々とその繰り返し。 主将を引き受けた時は『俺らの代はぜってー勝つ』と息巻いていた日向も、次第にそれを口にしなくなっていた。 ただ、今まで以上にストイックに、唯一にして最大の武器である3Pシュートを1人黙々と磨いていた。 周りが点を取れないなら、主将の自分が1点でも多く点を取る事で、チームに勝利をもたらしたいのだと。 周りが動かない以上、勝つ為にはもうそれしか無いのだと。 だがそんな悲愴なまでの想いと覚悟は俺以外の部員に伝わる事は無く、溝は少しずつ、しかし確実に広く深く開きつつあった。 俺はチームの司令塔なのだ。”勝つ為にはどうしたら良いか”を、最優先で考えなければならない。 自分に出来る事は…1回でも多くボールを回して、攻撃のチャンスを作る事。 特に、点取り屋の日向が少しでもシュートを打ちやすい様に。1つでも、1つでも多く。 考えて考えて考えて俺が出した答えは、それだった。 他の部員では歯が立たない、俺自身の得点力も大した事が無い。ならば…そうするしか、無かったのだ。 だがその結果、取り返しのつかない事態を招いてしまう事になるなんて、気付きもせず。 結局、俺たちは一度も勝てないままバスケ部を引退した。 最後の試合の後、泣きもせず、笑いもせず、ありとあらゆる表情が抜け落ちたままただ黙ってコートに佇んでいた、日向の横顔。 その空虚の名前が”絶望”なのだと分かっていたのは、日向自身以外にはきっと、俺と…相田だけで。 引退した後も、俺はたまにバスケ部の練習を覗きに行っていたが、日向は一度も姿を見せなかった。 3年生に上がってからもクラスは一緒だったので、部活が無くとも行動を共にするのは変わらなかったが、 その時も日向がバスケの話をする事は無かった。 あれ程までに努力して努力して努力して、その結果があのザマだ。俺たちの3年間は何1つ報われなかった。救われなかった。 だが、それでも俺は、日向は高校でまたバスケをするのだと思っていた。 負けず嫌いの日向の事だ、中学で1勝も出来なかった分、高校でリベンジするのだろうと。 そして…その彼にパスを出すのは、自分なのだと。そう信じ込んで、疑いもしなかった。 日向の第1志望が、新設でバスケ部の無い誠凛高校だと知るまでは。 どんなに追い抜かれても、置いて行かれても、いつだってあるがままの現状を受け止めて、そしてそこから前に進む方法を考えて来た。 例え1勝も出来なくとも、歩んで来た道に後悔など無い。ずっと、ずっとそうして生きて来たのだ。 自分には出来る事よりも出来ない事の方が圧倒的に多いと理解していても、そのせいで他の誰かを羨んだり、嫉妬した事などは無かった。 何故なら、そんな事をした所で自分はその誰かになんてなれやしない。結局、俺は俺でしか無い。 追い抜かれるのは、置いて行かれるのは、俺の努力が足りないせいなのだ。 だから、ひたすら練習した。練習するしか、無かった。つまる所は、出来る事などそれしか無いのだから。 だが、俺は生まれて初めて、自分のして来た事を後悔した。 引退試合の時の日向の横顔が、目の前を残像の様によぎって、消える。 俺よりもずっと身体能力にも才能にも恵まれた日向が、バスケを手放した。俺を追い抜いて行ったはずの、日向が。 『どうして』…と。思わず口をついて出そうになったが、言った所でどうにもならないし、 本当はわざわざそんな事を聞かなくとも分かっていたのだ。 ただ、信じたくなかった。いつだってあるがままの現状を受け止めて来た自分が、初めて目の前の事実を拒絶しようとしている。 だけど。 『奇遇だな。…俺も、誠凛受けるんだよね』 寒い寒い、12月のある夕暮れの事。そう言った時の、日向の驚いた顔。 衝撃の余り真っ白になった頭で、半ば無意識に俺が返していたセリフが、それだった。 俺の声は、震えていなかっただろうか。ちゃんと、いつも通り喋れて、笑えていただろうか。それだけが、気に掛かった。 確かに、家から比較的近い新設校で設備も良い誠凛は、初めから志望校の1つには入っていたのだ。 俺が『誠凛を受ける』と言った言葉自体に、嘘は無かった。 出願するつもりで願書を取り寄せていたいくつかの高校、その中に誠凛があったのは事実で。 しかし、第1志望では無かったのは…もちろん、バスケ部が無かったからだ。 あれだけのバスケバカだった日向が、それを知らないはずが無い。 ならば”誠凛を第1志望に選んだ”という結論が、日向の出した答えなのだ。そして…そうさせてしまったのは、きっと俺だ。 チームの司令塔だった俺は、”勝つ為にはどうしたら良いか”を最優先に考えた結果、点取り屋の日向にボールを集める事にした。 他の部員では歯が立たない、俺自身の得点力も大した事が無い。ならば、そうするしか無い。 あの時は、そう信じて疑わなかった。勝つ為には、それが最良なのだと。 だから、その俺の判断がどれだけ日向を追い詰めていたかなんて、考えもしなかったのだ。 勝つ為に、日向に頼った。頼り切って、しまった。 日向にボールを集めるという事は、すなわち日向のシュートが入らなければ、俺達のチームは勝てないという事。 自分には出来る事よりも出来ない事の方が圧倒的に多いと気付いた時から、 常に”自分には何が出来るか”という事だけを考えてバスケをして来た、そのはずだったのに、 最終的には自分の力不足のせいで、日向に全てを押し付けてしまっていたのだ。 俺の努力が足りなかったせいで、日向がバスケをやめてしまう。 試合中にわざわざ言葉にせずとも、瞬き1つで伝わる意思。 ”勝ちたい”と、そう願い続ける強い強い真っ直ぐな瞳。 俺に出来る事は、日向の様な点取り屋に1回でも多くボールを回して、攻撃のチャンスを作る事。 日向がパスを受け止めて、シュートを放つ。その、美しい放物線。 俺は、日向とするバスケが何よりも好きだったのだ。 だから、俺1人が残っても意味なんか無い。日向が居なければ、俺がコートに立っている意味は。 3月になり、受験した高校全てに合格した俺は、進学先に日向と同じ誠凛を選んだ。 元主将と副主将が揃ってバスケ部の無い高校に進学する事を、周囲は不思議がってあれこれ訊いて来たが、 『だって新設校の1期生だよ?こんな機会もう一生無いじゃん』などと、適当に笑ってごまかしていた。 日向は、何も言わなかった。 引退してから一度も切っていない長い髪が、まだ冷たさの残る風に吹かれて、なびく。 俺は、その後ろ姿を黙って見ている事しか出来なかった。 結局、俺はまた置いて行かれようとしている。 日向には、本当に感謝している。 口に出せばきっと照れ隠しの憎まれ口が返って来るだろうから、本人に伝えた事は無いが、 今俺がこの場所に居るのは、中学で日向と出会えたからだ。 だから、日向にバスケを諦めて欲しくない。また、一緒にコートに立ちたい。 だが、こうなってしまった原因が少なからず俺にある以上、正面切って『戻って来い』だなんて言えなかった。 言えるはずが、無かった。 それに日向の性格から考えて、そんな事をしても反発されて余計に話がこじれるであろう事は、目に見えていた。 俺も日向も大概頑固で、ケンカになったら確実にどちらも譲らない。それだけは、今回だけは絶対避けたかった。 だから、俺は待つ事にしたのだ。この場所で、日向の少し後ろで、彼が振り返るのを。 日向が、再びボールを手に取ろうとしたその時に、いつでも隣に立てる様に。彼に、パスを出してあげられる様に。 何年掛かるかも分からない。もしかしたら、本当に一生そんな瞬間など来ないかもしれない。 それでも、俺は日向とするバスケを諦められなかった。 だが諦められないのに、正面から説得する事は出来ない。 そんな自分の立ち位置に嫌気すら差していたが、他にどうする事も出来なかったのだ。 転機が訪れたのは、予想外にも高校に入って間も無くだった。 誠凛にバスケ部が無い事を知らずに入って来た大ボケの”無冠の五将”、木吉鉄平との出会い。 知り過ぎているが故に踏み込めなかった俺を尻目に、日向を説得して、バスケ部を結成して主将にまでしてしまった。 俺が何ヶ月も掛かって出来なかった事を、あっという間にやってのけて。 俺は、いつでも置いて行かれる側だった。いつでも、誰かの背中を見ている側だった。 そして、それが当たり前になっていた。いつの間にか、そうなる事に慣れてしまっていたのだ。 常に”自分に何が出来るか”を考えて来たつもりだったのに、 もしかしたら…一番諦めてしまっていたのは他でも無い、俺だったのかもしれない。 結局日向を救ったのは、ずっと傍に居た俺でも相田でも無く、突然現れた木吉だった。 日向が再びバスケに向かい合ってくれた事は本当に嬉しかったが、反面、何処かでちくりと胸が痛んだ自分が居たのも事実だ。 一番に手を差し伸べるべきだったのは親友の俺であったはずなのに、何故気が付いてやれなかったのだろう。 もっと早く、中学の時に俺がこうしていれば、日向にあんな思いをさせずに済んだのかもしれなかったのに。 そんな中で、バスケ部の無い誠凛で再びバスケが始められたのは、奇跡としか言い様が無い。 これが、最後のチャンスだと思った。俺がPGとして日向を勝たせてやれる、最後の。 だから、今度こそは。もう二度と、後悔などしたくはない。 俺の努力が足りないせいで誰かが傷付くのは、もう絶対に嫌だった。 どんなに追い抜かれても、置いて行かれても、自分には出来る事よりも出来ない事の方が圧倒的に多いと理解していても、 いつだってあるがままの現状を受け止めて、そしてそこから前に進む方法を考えて、ただひたすら前を目指して行こうと決めた。 強くなろうと、決めた。 日向と、相田と、誠凛で出会った新しい仲間たちの中に俺の居場所があるとしたら、それは…みんなより少しだけ高い、俯瞰の空。 自分には出来る事よりも出来ない事の方が圧倒的に多いと、そう気付いたのはいつからだったのだろう。 バスケを始めたのは早い方だとは思うが、特別体格が良い訳でも無ければ、体力がある訳でも無い。 スピードも人並み。人より少し特別な”眼”を持ってはいたけれど、それでも高みへ昇る事など出来なかった。 イーグルアイ、だなんてよく言ったものだと思う。俺の翼は、あんな立派なものなんかじゃない。 地面に這いつくばって、泥だらけになって、それでも決して器用には動かせない軋む翼を必死で動かして、大空を夢見る。 どんなに墜落しようとも、届かなくとも、血みどろになろうとも、いつか必ずあの場所へ行けると…それだけを、ただひたすらに信じて。信じて。 何度でも何度でも、地面を蹴る。 空の高みへと辿り着く前に、この翼は千切れてしまうかもしれないけれど。 それでも、俺は。
Soar to the sky again
188Qに荒ぶり過ぎて、伊月の過去から現在までを全力で大捏造ぶちかましました。 もう何から何まで妄想な上にネタバレ全開です。ちなみにタイトルは「もう一度高く舞い上がる」みたいな、何かそんな感じです。 とにかく、自分が今まで伊月に対して思ってた事を片っ端からぶっ込みました。 もうね、この人怖いんだよ!あの何処までも俯瞰に徹する目線とか、 ちょっと病的なレベルに片足突っ込みかけてるストイックさとか、チームの為なら本気で自分の全てを懸けそうな所とか…! 188〜189Qの流れのせいか、何か伊月のバスケに対する思いというよりは日向に対する思いがメインになっちゃったんですけど、まぁこの2つはきっと彼の中で切っても切れないものだと思うので! 今回ホモじゃないけどね!
2012/11/14
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