『”目がもう1つある”って…それって、どういう事っスか?』
『あぁ、そりゃ例えなんだけど…多分、空間の把握能力?みたいのが並外れてんだろうな』
『何それ、全然わかんねっスよ』
『だから、コートの中で誰が何処に居てどう動いてんのかってのが、常に全部”見えて”んだよ、アイツは。で、今この瞬間何がどうなってんのかって、一瞬の内に頭ん中で全部計算して動いてんだろうよ』
『すっげ、それバカじゃ絶対出来ないんじゃねぇスか?頭良いんスね、あのPGさん』
『だろうな、お前じゃアレは絶対コピれねぇよ』
『ひっど!!笠松先輩マジひでぇっス!!』



 正直、説明を聞いてもその時は余りピンとは来なかった。 1つ分かったのは、笠松の言う通り、いくらコピーが得意な自分でも絶対に真似する事は出来ない技なのだろうという、それくらいで。

 あえて挙げるとすれば、黒子のミスディレクションに近いのかもしれない。 自ら得点に絡んで行く様な派手な技では無いが、ボールを繋いでゲームの流れを作るのには不可欠で。 そして、ただ動きを真似すれば出来るというものでも無い…それはまさに、天賦の才。
 体格にも恵まれず、決して身体能力も高くは無いのに、 神から与えられたその目に己の能力を組み合わせ、自分よりも遥かに大きい猛者たちと互角に渡り合う。

 そう、黒子に似ているのだ。 あんな特異なプレイスタイルの人間はそうそう居ないだろうと思っていたが、 まさか同じチーム内にもう1人、似たタイプの選手が居たとは。 なまじ付き合いが長いだけに、黒子の技とそのタネについては十分に理解しているが、 笠松が一目置く程の、あのPGの頭の中がどうなっているのかには、全く想像が及ばなかった。


 だからこそ、興味を持ったのだ。いつか確かめてみたいと思ったのだ。
 彼のあの瞳に、世界はどんな風に見えているのかを。









「えええええ!?ちょっ黒子っち…!せっかくここまで来たのに…!」

 届いたメールを開いて、黄瀬は思わず天を仰いでしまった。
 誠凛と海常の部活の休みがたまたま重なっていた今日、久し振りに2人で会おうと約束していたのだが、 誠凛の最寄り駅に到着した黄瀬に届いたのは、『急に委員会の集まりが入ってしまって行けなくなった』という、黒子からの謝罪メールだったのだ。

 携帯を片手にしばらく呆然と立ち尽くしていた黄瀬だったが、 せっかくここまで来たのだし、黒子に会えないのならせめて火神辺りでも捕まえてみようと、 誠凛の方角へ向けて足を進め出した、その時。

「…あれ、黄瀬?」
「え?」

 突然、斜め後ろから名前を呼ばれ、思わず振り返る。 そこに居たのは、黄瀬の目線よりも少し低い位置で切れ長の瞳を見開き、驚いた顔で立ち止まっている、誠凛の制服を着た男。 余り温度というものを感じさせないその涼しげな瞳と、下手な女子よりも綺麗な黒髪に見覚えがあった。

「こんなトコで何してんの、黒子と待ち合わせ?」
「え、あ、そう、だったんスけど…何か、委員会が入っちゃったから行けなくなったとか、今メール来て」
「そっかそりゃ残念だったな、せっかく来たのに…ん、黄瀬に奇跡的に遭遇、キセキだけに。おおおキタコレ…!!」
「は?何スか?」
「あぁいやこっちの話」

 問いに答えながらも、見覚えはあるのに名前が出て来ない、 ”ネタ帳”と書かれた謎の手帳に何やら書きつけているその相手の記憶を必死で手繰り寄せ、 以前笠松が話題にしていたあの誠凛のPGであると気付く。


(つかやべぇ、そういや俺この人の名前まで知らねぇわ…!)


 誰であるかは思い出せたのだが、確か先輩だったであろうその相手に対して、 ”実は名前知りません”…などとぶっちゃけるのはさすがに気が引け、 どう会話すればいいのか逡巡していると、彼はちょっと困った様に小首を傾げ、苦笑を浮かべた。 艶のある黒髪が、その動きに倣ってさらりと動く。

「…黄瀬さ、もしかしなくても俺が誰か分かってないだろ?」
「えっ!?…いや分かるっスよ、黒子っちの先輩さんですよね?5番でPGの!」
「おぉ、一応覚えててくれたんだ。お前、絶対黒子と火神と、あとせいぜい日向くらいしか認識してないだろうと思ってたよ」
「そ、そんな事無いっスよ!…あ、うちのキャプテンが正邦戦の時に先輩の事話してたんスよ!あの、ほら…目が、もう1つあるとかって…」
「目?」

 一瞬きょとんとした表情を浮かべた彼だったが、黄瀬の言葉の意味を理解したのか、すぐにくくっと笑いを漏らした。

「へぇ…あの笠松さんと黄瀬に話題にしてもらえるなんて、光栄だね」
「つか、先輩の目ってどうなってんスか?俺、笠松先輩に説明してもらったけど結局全っ然分かんなくって」
「う〜ん、まぁぶっちゃけ目そのものは普通だよ?ただ、頭の中であちこち視点の切り替え出来るってだけで…」
「いや、だからそれが分かんねっスよ!何で試合中にそんなややっこしい事出来るんスか!」
「何でって言われてもな…気が付いたら出来てたとしか…。つか俺からしたら、お前らキセキの技の方がよっぽど訳分かんねぇって。何なんだよちょっと見たらすぐ出来るって、人間技じゃないだろ…」
「俺的には先輩の技の方がよっぽど人間技じゃねっスよ、もー考えただけで頭爆発しそうっス!笠松先輩にも、『お前じゃアレは絶対コピれない』とか言われたし…つか、遠回しにバカだって言われたし!」
「は!?え、そんなん言われても…別に俺だってそんな頭良くはねぇけど…」
「いやいやいや!あんなんバカじゃ絶対出来ないっしょ!?何謙遜してんスか!?」

 対峙する彼が、何やら困惑した様な表情で黄瀬を見上げている。 向けられたその視線に気付いた瞬間…同時に、自分が盛大にやらかしてしまっていた事にも気付いた。

「うあっ!?すすすすんませんっス…!肩、大丈夫っスか…!?」
「え、あぁ別に大丈夫だけど…ただ、ちょっとびっくりしただけで」

 無意識の内に、彼の肩を喋りの勢いに任せてガシッと掴んでしまっていたのだ。
 我に還ってみると、触れているそれは黄瀬自身のものよりも大分華奢だった。 試合の時はそこまで意識はしていなかったのだが、改めてまじまじと見てみた彼の体格は、 黒子ほどでは無いにしろ、バスケ選手にしてはかなり小柄である事にも気付く。



 体格にも恵まれず、身体能力も決して飛び抜けて高くは無いのに、 神から与えられたその目に己の能力を組み合わせ、自分よりも遥かに大きい猛者たちと互角に渡り合う。それは自ら得点に絡んで行く様な派手な技では無いが、ボールを繋いでゲームの流れを作るのには不可欠で。

 同じポジションでも、黄瀬自身がこれまで仲間として戦って来た赤司や笠松と比べれば彼は決して目立つ存在では無いし、中学時代も今も広く名前が知られる選手では無い。 だが、考え様によっては…特別突出した能力を与えられた自分やその元チームメイトより、 実は、こういう人間の方がある意味余程凄いのではないだろうか。



「…先輩、やっぱすげぇっスよ」
「えぇっ!?何そんな改まって!?」
「いや…何か、しみじみそう思ったっス。一度先輩になって、どういう風に世の中見えるのかちょっと見てみたいっスわ」
「そんな事言われてもな…俺は物心ついてからずっとこうだし、これが普通だから…お前だってそうだろ?」
「そりゃ…まぁ、そうっスけど」
「俺だって、もらえるもんならお前のスペック丸ごと欲しいわ。…お互い、無い物ねだりって事だろ」
「う〜ん、そうなんスかね…」
「まぁ、天下のキセキの世代様にそんな風に言ってもらえるってのは、ちょっと嬉しいけどな」

 ふと、笑みで細められた切れ長の瞳を縁取る睫毛の長さに気付いて、何故かぎくりとする。 技の話に気を取られていて今まで気付かなかったが…実は、結構な美形なのではないだろうか。



 決して派手では無いが、涼しげで品のある印象を与える綺麗に整った和風の顔立ち。 同じ様な系統の顔と言えば海常の先輩である森山がいるが、 小柄な体格と艶のある黒髪のせいか、それよりもずっと中性的というか…言うなれば透明度が高い、とでも表現すればいいのか。
 ”美形”というよりは、”美人”という表現の方がしっくり来るのかもしれない。 モデルという仕事柄、見てくれが綺麗な人間は男女共に見慣れてはいるのだが、 彼の持つそれはそういった磨き上げられて完成されたものとは、根本的に違う様な気がするのだ。


 見上げて来る瞳は…吸い込まれそうな、漆黒。





「…え、ちょっ黄瀬どうした?」

 思わず黙ってじっくりと観察してしまっていた黄瀬を不審に思ったのか、 彼が目の前でひらひらと手を振って来た。

「………あ、すんませんっス。ちょっとボーッとしちゃいました」
「大丈夫か?疲れてんの?」
「そういう訳じゃないっスけど。先輩、美人さんなんだなぁって思って」
「はぁっ!?えっ…俺!?」
「そっスよ。…え、もしかして自覚無いんスか?」
「自覚って…あ…う〜ん………まぁ、母さんと姉貴と妹と顔そっくりだから、女顔なんだろうなぁとは思ってたけど…」
「ほらほらほら!!それガチじゃないスか!!あああもったいないこんな綺麗なのに、無頓着過ぎっスよ!」
「いやだって俺、お前みたくプロのモデルでも何でも無ぇし!んな事言われても…!」

 いきなりド直球で褒めまくられて驚いたのか、彼は顔を真っ赤に染めてぷいと目を逸らしてしまった。 そして、突然「あっ」と声を上げる。

「どうしたんスか?」
「火神だ」
「えっ、何処!?」
「あれ、こっち歩いて来んの」
「あっホントだ」
「お前せっかくここまで来たんだから、火神とでも遊んでけよ!アイツとも仲良いんだろ?」
「あ、まぁそうっスけど」
「おら、じゃさっさと行けって!」

 確かに、元々黒子に会えない代わりに火神に会いに行くつもりだったのだ。 だが黄瀬の肩を押して促して来る彼の顔は、まだ真っ赤なままで。 しかも、決して黄瀬と目を合わそうとしない。

「え、先輩もしかして照れ隠しっスか?」
「うっさい照れてねぇし!じゃあ俺帰るから!」

 そう言い捨ててくるりと踵を返した彼が、数メートル先でふいに立ち止まる。 そして、黄瀬の方を振り返った。真っ赤な顔のまま、何やらこちらを睨む様に見据えている。


「………そういや、名前」
「え?」
「俺の名前、伊月だから!…お前、絶対知らなかったろ!?人の顔の事どうこう言う以前に、戦った相手の名前くらい覚えとけ!!」


 それだけ言って、足早に駅の改札口へ入って行く彼の…伊月の後ろ姿をぽかんと見送っていた黄瀬は、その背中が完全に見えなくなってからも、しばらくそのまま立ち尽くしていた。
 すると腹の底から何だかよく分からない可笑しさが込み上げて来て、 そしてそれがそのまま笑いに変わりそうになって、慌てて口元を押さえる。 こんな所で1人で笑っていたら、完全に変質者だ。


(いやだって…あの人面白過ぎっしょ…!つか、かわいい…!本気でかわいいんスけど…!)


 今日初めてまともに話した様な他校の先輩に対して持つ印象としては、余りにおかしいのは分かっている。 だがあんなクールな物腰で、試合中でも冷静で落ち着いている相手が、自分の言葉1つであんなにも動揺していて。 コートに走らせる鋭い視線と、真っ赤になってうろたえる、揺れる瞳のギャップの強烈な事といったらもう。 自分のスペックに無関心な所といい、もしかしたら…あれで実は結構な天然なのかもしれない。

 改札の前で半笑いで口元を押さえている黄瀬を見つけた火神が、ぎょっとした様な表情を浮かべたが、構うものか。







 またいつか会ったら、もう一度確かめてみたい。
 あの漆黒の瞳に、世界はどんな風に見えているのかを。


 そして…この自分自身が、どんな風に見えているのかも。













IN YOUR EYES





好きなキャラツートップが黄瀬と伊月で火黄と日月を書いてたんですが、 pixivでたまたま見かけた黄瀬×伊月という発想にいたく感銘を受けたので、自分でも書いてみてしまいました。 接点がほとんど無い事を逆手に取った自由度の高さ、それが黄月の醍醐味であると! 全力で主張したいよね!

超マイナーCPにも関わらず何故かランキング入りとかしてしまい(ルーキーランキング26位)、 そういう意味でも非常に思い出深い文だったりします。 ちなみに、1日遅れでしたが黄瀬誕でした!内容全く誕生日関係無いけどね!



pixiv初出:2012/06/19
サイト再録:2012/06/22