目覚めたその瞬間、鼻の奥がツンとする様な冷気を感じるなんて、一体どのくらい振りだろうか。


 温暖なロサンゼルスで長らく暮らして来た氷室にとって、それは酷く懐かしい感覚だった。 日本へ帰国して来た時はまだ夏だったので、少なくともこれから1年半は生活の基盤とする『秋田の冬は寒い』と言われてもいまいちピンと来てはいなかったのだが、 10月の終わりで既に最低気温が10度を下回っているだなんて、正直、想像を絶していた。

 シャツの上に学校指定のカーディガンを羽織り、それでも足りずにブレザーに袖を通し、マフラーを巻く。 制服に関しては指定のコートまで両親が一通り揃えてくれているので問題は無いが、私服は少し冬物を買い足さなければならないだろう。 それにこの上、もう少しすると雪まで降って来るのだ。 本物の雪自体もう何年も見ていないというのに、いきなり日本屈指の雪国にやって来てしまって、 一体どのくらい着込めばいいのかすらも、想像がつかない。





 身支度を整えて寮の玄関へ降りて行くと、そこには同じ寮生である劉と紫原が揃って立っていた。
 氷室よりずっと早起きの劉と、逆にギリギリまで寝ている紫原と朝に出くわす事など滅多に無いので、思わず目を瞠ってしまう。 2mを超える規格外の長身2人が玄関先で仁王立ちしているとんでもない威圧感に、 脇を通り過ぎる他の寮生たちもぎょっとした顔でそちらを見て行くのだが。

「おはよう。どうしたんだ、2人揃って」
「あ、室ちん来た〜。おはよ〜」
「おはよう氷室。さっさと学校行くアルよ、モミアゴリラと福井待ってる」
「え、何で?今日朝練無かったよな?」
「うん、そうなんだけどね〜。まぁ色々あってさ」

 「いいからレッツゴー」と、まだ眠そうないつも以上に緩い口調で言いながら、紫原が氷室の背を押して促して来る。 何だかよく分からないままに、氷室を挟んで右に紫原で左に劉と、 長身の2人の間に挟まれる様にして寮から徒歩5分の陽泉高校に辿り着くと、校門の前に今度は岡村と福井が立っていた。 こちらに気付いたらしい福井が軽く手を上げて来たので、それに小さく会釈を返す。

「おはようございます」
「おう。…何か、”王子様がSP引き連れてご登校”って感じだな…」
「何ですかそれ」
「いや…多分ここまでお前らとすれ違った奴らが思ったであろう事」
「それにしても、紫原ちゃんと起きれたんじゃな」
「そりゃ起きるし、俺だってやるときゃやるかんね〜」
「ワタシに叩き起こされたくせに、何偉そうに言ってるアルか」
「え、アツシ1人で起きれたんじゃないのか?」
「違うアル。ワタシがわざわざ1年の部屋まで行ったアル」
「紫原〜お前何の為の携帯だよ、アラーム掛けとけっつったろ?」
「っていうか、今日って何かありましたっけ?ミーティングとかも別に無かったですよね?」

 何かがいつもと違う様な、先程から感じていたそんな違和感を氷室が遠回しに口に出すと、前を歩いていた岡村がぴたりと足を止めた。 まさかいきなり立ち止まるとは思わなかったので、その大きな背にぶつかりそうになってしまい、氷室も反射的に立ち止まる。 それに合わせたかの様に他のメンバーも立ち止まり、気付けば周りをぐるりと取り囲まれている様な状態になっていた。
 氷室自身も背はそれなりに高い方なのだが、周りにそれ以上に高い、 むしろ高過ぎる人間が3人も居る為、端から見れば相当に異様な光景になっているのだが、 当事者たちはお構い無しで無言で氷室を見下ろしている。 ただ1人、少し低い目線から氷室を見上げている福井も、無言のままだ。

「な、何ですか…?」

 一体、何が始まるのだ。
 今日が何の日かくらいは、氷室にだって分かっている。 何と言っても、自分自身の誕生日なのだから。 少し前に誕生日を迎えた紫原が、部員たちから大量のお菓子を貰ってご満悦だったのを目の当たりにしているが、 あの時とは何やら状況がかなり違う様な気がする。
 『何かが起こるだろう』とは思って来てはいるのだが、その『何か』が何なのかが全く予測出来ないのだ。 少なくとも、氷室が知る誕生日祝いというものは、こんな不穏な空気の元に行われるものでは無いはずなのは確かであるが。

「あの、主将…?」

 とりあえず目の前に壁の様に立ちはだかる岡村に呼びかけてみると、 彼は何やら酷く神妙な表情で氷室の肩を大きな手でガシッと掴んで来た。

「…氷室…」
「はい?」

 もしかしたら、自分は知らぬ間に何かまずい事でもしてしまっていたのか。 彼の表情や周りでじっと黙っているメンバーたちの只ならぬ様子に、 思わずここ最近の記憶を素早く手繰り寄せてみるが、特に思い当たる事も無い。 訳が分からないまま岡村を見上げていると、彼は氷室の肩に掛けた手に力を込めた。いい加減、少し痛い。

「お前に言っておかなきゃならん事がある」
「…はい」
「誕生日「おめっとー氷室おおお!!!」
「ちょっ福井いいい…!?お前、そりゃワシが言う事になってたじゃろ!?」
「はぁ?お前がいつまでももったいぶって溜めてんのがいけねぇんだろ?」
「そうアル。『お前に言っておかなきゃならん事がある』…って、何アルかあのドヤ顔。ウザいアル」
「なっお前らがそう言えっつったんじゃろが!!」
「室ち〜ん、おめでと〜」
「おめでとうアル」
「………え?あ、あぁ…ありがとう、ございます?」

 突然目の前で始まった茶番に呆気に取られていた氷室だったが、 紫原に目の前にずいっとまいう棒を差し出され、ようやく我に還った。
 彼の手からそれを受け取ると、他のメンバーもそれを合図にした様にそれぞれバッグの中から菓子を取り出して、氷室の手に次々と押し付けて来る。 しかも1つや2つでは無い。 いくつもいくつも手渡して来るものだから、氷室の両腕は菓子でいっぱいになってしまった。 少しでもバランスを崩したら、落としてしまいそうだ。

「いいんですか、こんなにたくさん…」
「いいんだよ、明日ハロウィンだしね〜。ホントは俺も欲しいんだけどさぁ」
「紫原に取られねぇ様に気ぃつけろよ」
「室ちんのは取らね〜し!そんなんしたら、俺すげ〜ヤな奴じゃん」
「はいはい分かったよ。…おう氷室、これ使えや」
「あ、すいません。ありがとうございます」

 福井がバッグの中から大きな紙袋を取り出して、その口を開け、菓子を入れる様促して来る。 無茶苦茶やってても、こういうアフターケアが完璧だからこの人はモテるんだろうなぁ…と、 そんな他愛も無い事を考えつつ腕の中いっぱいの菓子をそこにざらざらと流し込んでいると、 劉が福井の肩を突付いて「そろそろ次行くアル」と告げた。

「そうだな、そろそろいいだろ」
「”そろそろ”って、まだ何かあるんですか?もうプレゼントたくさん貰ったし十分ですよ」
「あらら〜、大分ギャラリー集まって来たんじゃないの?」
「まぁ要するにアレじゃ…ワシらはこれで満足でも、まだまだこれからって奴が大勢おるっちゅー訳じゃ」
「…それは…どういう…?」

 首を傾げた氷室の耳に、「ねぇねぇ氷室くん今日誕生日って…!」「えっホントに!?」などと、 そこかしこから女子の声が聴こえて来た。 ちらりと視線を走らせると、それでなくとも目立つバスケ部の集団の大騒ぎは人目を引きまくっていた様で、 登校中の生徒たちの多くがこちらに目をやりながら通り過ぎて行き、中にはわざわざ立ち止まって見物している者も居る。 しかも、そのほとんどが女子生徒だ。


 …もしかして。もしかしたら。


「………福井さん、これは…」
「明日ハロウィンだっつったじゃん。室ちんにはお菓子もイタズラも両方あげちゃう〜」
「ちょっ紫原しーっ!あーその、何だ…まぁ頑張れや!!」

 そう言って福井はくるりと踵を返すと、校舎に向かって一直線に走り出した。 岡村や劉、それに紫原までもが彼に続いて氷室そっちのけで全速力で猛ダッシュを始める。 いきなり自分を置き去りにして目の前から消えようとする彼らの行動に、 思わず「えっ!?」と驚きの声を上げてしまった氷室は一瞬遅れて彼らの後を追おうとした。


 だが。


「氷室くんって今日誕生日だったの!?」
「え?」
「氷室先輩おめでとうございます!」
「あの、後でプレゼント持ってってもいいですか!?」
「え、ちょ、えーっと…」

 城壁の様に立ちはだかっていたバスケ部が消えた瞬間、 今度は周りで今の一連の茶番を見ていた女子生徒たちの集団に取り囲まれてしまって、身動きが取れなくなる。 そうこうしている内に、バスケ部レギュラー陣は既に視界から消えてしまっていて、氷室はようやく自分が置かれた状況を理解した。



 普段から女子生徒だけでなく掃除のおばちゃんにまで手紙やプレゼントを貰ったり、告白されたりという事はままあるのだが、 それが氷室の誕生日、しかもこんな登校ラッシュ時間帯の衆人環視の中でそれを大々的に知らせる様な真似をしたら…一体、どうなるか。



「………これはやられたな…」

 思わず、天を仰いでしまう。
 更に数を増やす女子生徒の集団に口々に祝われながら、氷室はとりあえず「ありがとう」と彼女たちに笑みを浮かべてみせる。 その完璧な微笑に、彼女たちのテンションは更にうなぎ上りになってむしろ逆効果なのだが、 さすがに自分を祝ってくれる相手を無碍には出来ないではないか。

 さて、どうやってこの場を切り抜けようか。
 いつの間にか校舎の3階の窓辺に岡村と福井の3年生組が立って、笑いながらこちらを見ているのが見えた。 派手なバースデーパーティーをアメリカでいくつも経験して来た氷室ですら遭遇した事の無い、 斬新な誕生日祝いを計画してくれた敬愛する先輩たちへ向けて、氷室はちょっと困った笑顔で小さく手を振る。









 穏やかに微笑みつつ、頭の中では超高速で非常手段を考えている氷室が、 大量のプレゼントを抱えてやって来た部室でクラッカーの洗礼を受けるまで、あと8時間。













たまにはイケメン爆発しろ


(by福井





支部の氷室生誕祭にぶっ込む為に突貫工事で書き下ろした陽泉オールを、今更ながら再録です。 伊月サイトで誠凛オールすら書いた事無いのに、いきなり陽泉とかホント大穴にも程があるんですが、 小説3巻読んで書いてみたいなぁと思ってたので。 タイトルがアレなのは、もう何も思いつかなかったので、とりあえず言いたい事を福井さんに代弁して頂いた次第です。

誕生日もあってハロウィンもあって、もう何だかよくわかんなくなったからとりあえず纏めたんですが、 まぁやっぱりみなさん考える事は大体同じですよね。そうですよね。 なんでちょっと変化球にしたら、誕生日なのに氷室が若干かわいそうな事になりました。 多分この後、戦争になります。女子たちの。 今更ながら氷室おめでとう!17歳なのに色気が歩く18禁過ぎていまいち直視出来ないんですが、おめでとう!



pixiv初出:2012/11/02
サイト再録:2012/12/17