「うおおおい真ちゃん!真ちゃん!!」
「…朝っぱらから何なのだよ」


 朝練が無かった為、朝のホームルームまでの間自席で文庫本を広げていた緑間の耳に突如なだれ込んで来たのは、 バタバタと騒がしい足音と自分の名前を叫ぶ高尾の大声だった。
 露骨に眉を顰めた緑間のそんな表情に気付いているのかいないのか、 何やら切羽詰まった表情の彼は緑間の席に駆け寄るなりその両手を机の上にバン!と勢い良く振り下ろした。 緑間の眉間の皺が深くなったのにも構わず、彼は緑間を真っ向から見据える。

「………何で何も言ってくんなかったんだよ」
「一体何の話だ」
「真ちゃん、おととい誕生日だったんだって?」
「…そうだが、それがどうした」
「だーかーらー!!何でそれを言ってくんなかったんだって言ってんの!くっそー分かってたら全力で祝ったのに!真ちゃんが嫌がっても祝ったのに!!」
「お前は祝いたいのか嫌がらせしたいのか、どっちなのだよ…」

 何やら机をバンバン叩きながら悔しがっている高尾に小さく嘆息しながら、緑間は指先で眼鏡を押し上げる。 別に、誕生日などわざわざ人に知らせる様なものではないではないか。 かと言ってわざわざ隠すものでは無いし、事前に訊かれでもしていたら、その時は答えていたと思うが。

 と、いうか。

「高尾、お前何故俺の誕生日がおとといだと知ってるのだよ?」
「え?黄瀬に聞いたんだけど?」
「は?黄瀬だと?」
「そう。俺らメル友なんだよね〜、お好み焼きん時にアドレス交換しててさぁ。んで昨日、『そういや緑間っちの誕生日に何かお祝いしたんスか?』とかメール来て、『えっ何それどういう事!?』ってなって」
「…黄瀬め、余計な事を…」
「まぁまぁいいじゃん。しっかしアレだよな…よりによって真ちゃんみたくゴツい男が…七夕生まれとか…ぶっ」
「何がおかしいのだよ!」
「ぶっははは…いや悪ぃ悪ぃ、まぁでも真ちゃん占いマニアだしある意味ロマンチストだもんな、いーんじゃね?つかマジでネタの宝庫過ぎだろいちいち突っ込み切れねぇっつーの…!」
「誰もお前に突っ込んで欲しいなんて頼んでないのだよ…話はそれだけか?」

 しつこく笑い続ける高尾に憮然とした表情を向けると、緑間は再び手にしていた文庫本を開こうとする。 朝の静かな読書の時間に割り込まれた挙句、何故誕生日ネタでここまでイジられなければならないのか。 別に自ら望んでこの日に生まれて来た訳では無いというのに。

「ちょっ待っ…!むしろここからが本題だろそのくらい察しろよ!!」

 ページを開き掛けた所で慌てた様に伸ばされた高尾の手にそれを阻止され、思わず彼の顔を見返してしまった。

「だから何なのだよ…」
「なっ”何なのだよ”って…真ちゃん、それ本気で言ってんの…?」
「お前こそ何を言ってるのだよ」
「あああもう何でもいいから俺の話聞いて!?最後まで聞いて!?つかこんなイジるだけイジってそれで終わりって、俺どんだけヒドい奴だよ!さすがにそこまで外道じゃねぇよ!」
「さっきから何を言いたいのかさっぱり分からんのだが…」

 『最後まで聞け』と言われてしまったので、それでもとりあえず視線で先を促すと、 猛ダッシュで駆け込んで来た上に散々喋り通しで肩で息をしていた高尾は、緑間の机に手をついたままゆっくりと床にしゃがみ込んだ。 手だけ残して、その姿が机の下に消える。
 そのまま呼吸を整えているのか、何度か深呼吸する音が聴こえたと思ったら、 机の向こうから黒い頭がひょっこりと姿を現した。


「今更だけどさ…誕生日おめでとう、真ちゃん」


 ニッと笑顔を向けられ、思わず僅かに目を丸くしてしまう。
 正直、家族はともかく友人に誕生日を祝われるという経験自体が、余り無かった。 元々お世辞にも友人が多いとは言えないし、その数少ない友人たちも、キャラ的に賑やかに祝い事をする様なタイプでは無かったからだ。 毎年毎年何だかんだと誕生日祝いメールを送って来るのは、黄瀬と黒子くらいのもので。


 だから。


「…………………あぁ」


 そう、呟く事しか出来なかった。咄嗟に、どうしたらいいのか分からなかった。 どんな言葉を返せばいいのか、分からなかったのだ。
 いつもの高尾の茶化す様な言い方とは違う、真っ直ぐな、余りに真っ直ぐな祝福の言葉。 少し間が空いてから搾り出されたたった一言の返答に、今度は机の下から首だけ出したままの高尾が目を丸くした。

「………真ちゃん」
「何だ」
「…顔、赤いんだけど」
「なっ!?」
「いやマジで。ちょっもしかして照れ」
「照れてないのだよ!」
「ぎゃはははははは!!!」
「黙れっ!黙るのだよ!!お前が最後まで聞けと言うから聞いてやったのだよ!」

 今度は緑間の方が、バン!と机に文庫本を叩き付けた。それを見た高尾は、更に爆笑する。

「真ちゃん、ツンデレにも程があるって…!つか誕生日祝われてびっくりして赤くなるってどんだけ…!?どんだけ祝われ慣れて無ぇんだよ…!」
「煩い、俺はツンデレなどでは無いと言っているだろう!」

 今まで他人が自分をどう思っていようが、どうでもいいと思っていた。 自分が自分の目標とする自分になれていれば、それで良いと思っていたのだ。 だから、好意らしきものを真っ直ぐに向けられる事に、慣れていない。その自覚は、ある。
 こんな時は、目の前でけらけらと楽しそうに笑っている高尾をひどく忌々しいと感じるのだ。 普段は人を食った様な事ばかり言っているくせに…どうして、こういう時だけこんなにも真っ直ぐなのか。 いつもの様に茶化してくれれば、どうとでも返せたのに。あんなに綺麗な笑顔で祝われてしまったら。

 それでも、”ありがとう”だなんて死んでも言いたくない。…というか、言えない。言える訳が無い。

「あーはいはい、じゃこれからは毎年俺がきっちり祝ってやっからさ。とりあえず今日1日、カラダでご奉仕してやるのだよ☆」
「…お前がウインクなんてしても、可愛くなんかないのだよ」
「ひっど!俺の全力の色仕掛けが…!!」
「今の、色仕掛けだったのか?」
「ひっでええええ!!!もう何なのこの人!?そんな事言ってっとガチで喰っちまうぞ!?」
「やれるものならやってみろ。返り討ちにしてやる」

 売り言葉に買い言葉で何となく勢いで返した言葉に、今度は高尾の顔がカッと赤く染まる。
 一体、どうしたというのか。自分は、何か変な事を言ったのだろうか。 十分に会話は成立していたと思うのだが。全くもって訳が分からないが、せっかくなので先程の仕返しをしてやる事にする。 負けっぱなしで終わるつもりなど、毛頭無い。

「…顔が赤いぞ、どうした?」
「………ううううっせーよ!!あーもうマジで腹立つこいつ!何追い討ち掛けてんだよバカじゃねぇの!!」
「お前と同じ事をしただけなのに、何でバカ呼ばわりされなければならないのだよ」
「…あああそうですね!そうでしたね!最初に吹っ掛けたの俺でしたねホントすいませんね!!」
「さっきから何を1人でギャーギャーわめいている?訳が分からないのだよ」

 緑間の心の底からの言葉に、高尾は”信じられない”とでも言いたそうな目を向ける。 何で、そんな目で見られなければならないのか。むしろそうしたいのは、こちらの方だというのに。

「………あぁ、分かったよ。俺がバカだった」
「今度は何なのだよ」
「じゃ恋愛偏差値ドン底の真ちゃんにも分かる様に言ってやろっか」
「何だ、喧嘩でも売りたいのか」
「そうじゃねぇっつーの。…いいか、1回しか言わねぇから耳の穴かっぽじってよーく聞けよ!」

 立ち上がった高尾が、緑間のシャツの胸元をガッと掴む。 そして、それを引き寄せる様にして、緑間の耳元に口を寄せた。 空気の振動が耳に触れる感触のこそばゆさと、


 囁かれた、言葉。


「……………っ…!?なっ何を言い出すんだお前は!?」


 緑間が思わず大声を出してしまった瞬間、チャイムと共に担任が教室へやって来てしまった。 シャツをパッと放した高尾は、ニヤリと笑って「じゃまた後でな」と言うと、自分の席へサッと戻ってしまう。
 根が優等生の緑間がこのタイミングで追求して来る事は無いと、そう踏んでの動きだ。 余りの周到さに、腹立たしさすら覚える。


 何だったのか。今、一体何が起きていたのか。


 たった今己の身に降りかかった現象を把握し切れないまま、緑間はただ呆然としていた。 何というか…一言で言うなら、”あり得ない”。そう、そんな事があるはずが無いのだ。
 確かに同じクラスに同じ部活で、誰がどう見ても一番一緒に居る時間は長い相手ではあるが… だからと言って、こんな事があってたまるものか。悪い冗談にも程がある。 一体何なのだこれは、喧嘩を売られているのとほとんど変わらないではないか。

 頭の中はほとんど真っ白なのに、遅れてやって来た心臓の鼓動だけが煩いくらいにその存在を主張していた。 全力でやった試合の直後ですら感じない程の、痛みにも近い、激しい鼓動。
 そして何よりも悪い冗談だと思うのは…あの男のたった一言で、こんなにも動揺している、自分自身だ。 同じ男にあんな事を言われたら、普通真っ先に浮かぶのは嫌悪感なのでは無いのか。 だが自分でも不思議な事に、驚きこそすれ、そういった感情の存在を感じる事は無かったのだ。


 それはまさに、急転直下。世界が唐突に反転した様な、錯覚。


 これまで何気無く受け流して来たあの男の発した言葉の数々が、突然走馬灯の様に脳内でフラッシュバックを始める。 目の前の視界が物凄い勢いで開けて行って、そして、それはこれまでとは全く違った映像として再生されて行くのだ。
 こんなにもずっと傍に居たというのに、言葉の裏にあった真意には何一つ気付かないままで。 想像すらしないままで。ただ、消えない残像と何度も何度も耳の奥でリフレインし続ける言葉が渦と化して、 今にもそこへ呑み込まれてしまいそうだった。




 彼が今までも人事を尽くそうとして来たのなら…今日のこの状況はきっと、そういう天命だという事だ。 ならば、突如叩き付けられたそれは、やはり宣戦布告なのだろう。







『高尾和成は、世界で一番、緑間真太郎に恋をしています』













花 束 か ら 刃





何を今更と思われても仕方が無い、緑間誕です…。 仕事がアレ過ぎて当日アップは最初から不可能だったので、9日アップを目指していた為こんな展開なんですが、 結局9日どころか15日じゃないかっていうね!

高尾さんがガン攻め過ぎてどう見ても高緑だろって感じなんですが、中の人的には全力で緑高のつもりです。 真ちゃんが余りに鈍感過ぎて、ついに高尾さんの堪忍袋の緒がぶち切れたらしいです。 ホント今更だけど真ちゃんおめでとう!



お題配布元・不在証明
2012/07/15